次世代診断プローブとしての核酸アプタマープローブの開発
研究開発部
平野麗子, 土井和彦, 廣澤舟作
当社では、核酸アプタマーを活用した診断薬の開発に、北海道大学大学院工学研究院・佐藤久教授のグループと鋭意取り組んでいます。この革新的な技術は、従来の抗体ベースの診断薬を超える多くの利点を持ち、感染症、がん、慢性疾患のモニタリングをはじめとする幅広い分野での応用が期待されています。核酸アプタマーは、分子認識能力、製造コスト、安定性の面で優れており、医療の質を大きく向上させる可能性を秘めた次世代の診断薬センサープローブのポテンシャルを持ちます。
当研究グループによる核酸アプタマープローブの基盤研究の成功例として、ヒ素(As³⁺)検出のための簡易分析法の開発が挙げられます。DNAアプタマーと金ナノ粒子を組み合わせたこの方法では、核酸アプタマーがヒ素と結合することで金ナノ粒子が色変化を起こし、UV-Vis分光法でその変化を検出することで亜ヒ酸の濃度を簡便かつ正確に測定できます。この技術は、ヒ素濃度が1 µg/L(1 ppb)という極めて低い値でも検出可能であり、世界保健機関(WHO)の飲料水基準(10 µg/L)を十分に下回る感度を持っています。この研究は、リソースが限られた地域や現場診断に適した簡便かつ低コストな分析手法を提供し、核酸アプタマーが従来の抗体プローブでは認識が難しい小分子やイオンのセンシングにも対応可能であることを示しています。
この成功例は、核酸アプタマーが持つ高い特異性と柔軟性を象徴しています。核酸アプタマーはその分子構造の特性から、小分子、タンパク質、ウイルス、さらには細胞全体に至るまで、さまざまなターゲットに対応することが可能です。従来の抗体では認識が難しい化学構造や小分子に対しても、高感度かつ特異的に結合できる性質は、より、精密な診断薬の設計が可能となり、従来の技術では対応が難しかった領域に新たな可能性を与えます。
さらに、核酸アプタマーは化学合成によって製造されるため、製造プロセスが非常に安定しており、ロット間の品質のばらつきがほとんどありません。抗体製造のように動物免疫プロセスを必要としないため、倫理的課題を回避しつつ、大量生産が可能で低コスト化をも実現します。このような製造プロセスの安定性と経済性は、医療リソースが限られる昨今の市場で特に重要な利点です。
また、核酸アプタマーは保存性の高さにおいても大きな優位性を持っています。抗体は高温やpHの変化に敏感で、保存には冷蔵が必要な場合が多い一方で、核酸アプタマーは高温や極端なpH条件にも安定性を保つことができます。これにより、常温保存が可能となり、輸送や保管の負担が軽減されます。この特性は、診断薬の流通が難しい地域や厳しい環境条件での利用において、診断薬の供給と適用の可能性を大きく広げるものです。
核酸アプタマーはまた、設計性の柔軟さという点でも優れています。ターゲット分子に応じて迅速に設計が可能であり、特定の化学修飾を施すことで特性を強化したり、複数のターゲットを同時に検出する機能を付加することができます。この柔軟性は、感染症やがん診断、慢性疾患のモニタリングなど、幅広い医療分野での応用に貢献します。
さらに、核酸アプタマーは環境に優しい技術としても注目されています。動物を使用しない化学合成プロセスは、持続可能な技術として環境負荷の低減に寄与し、現代社会のニーズに応える技術としての価値を高めています。
当社は、核酸アプタマーのこれらの特性を最大限に活用し、次世代の診断薬市場をリードする製品の開発を進めています。核酸アプタマーを用いた診断薬は、感染症やがん、慢性疾患の診断だけでなく、治療効果の評価や個別化医療(Precision Medicine)の実現においても大きな可能性を秘めています。これにより、医療費の削減や患者負担の軽減を実現するとともに、特に医療リソースが限られる地域や市場において重要な役割を果たすことを目指しています。
当社は核酸アプタマーの技術革新を通じて、医療、環境科学、そして社会全体に新たな価値を提供してまいります。
参考文献
1) Koji Matsunaga, Yu Okuyama, Reiko Hirano (Cellspect), Satoshi Okabe, Masahiro Takahashi, Hisashi Satoh (2019) Development of a simple analytical
method to determine arsenite using a DNA aptamer and gold nanoparticles. Chemosphere. 224, 538–543.