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尿中バイオピリンの酸化ストレスマーカーとしての
役割と臨床的意義

医療事業本部

鈴木裕子,  岩渕拓也

尿中バイオピリン(Urinary Biopyrrin)は、酸化ストレスの影響を評価するためのバイオマーカーとして2000年初頭から今日まで注目されてきた。ビリルビンの酸化生成物であるバイオピリンは、体内の酸化ストレスレベルを反映し、疾患の発症や進行を示唆する重要な指標となり得る。ビリルビンは、ヘムの分解過程で生成され、抗酸化物質としての役割を持つことが知られているが、過剰な酸化ストレス、特にROS(Reactive Oxygen Species)により酸化されると、ビリルビンが分解され、テトラピロール骨格としてのバイオピリンが尿中に排泄される。尿中バイオピリンを特異的に検出するために開発されたモノクローナル抗体mAb24G7は、山口登喜夫(東京医科歯科大学)、塩地(株式会社シノテスト)らによって開発され、バイオピリンの高感度な定量が可能になった。2024年現在においては、山口から継承されたmAb24G7のELISA製品を筆者ら(セルスペクト株式会社)が国内外に供給しており、酸化ストレス関連疾患の研究に盛んに使用されている。本稿は、これまでのバイオピリンの基礎研究の歴史を振り返り、臨床検査マーカーとしてのポテンシャルについて述べる。

1. 酸化ストレスマーカーが関わる疾患における尿中バイオピリン
酸化ストレスは、体内の酸化還元バランスの乱れにより、活性酸素種(ROS)が過剰に産生されることで生じる。これにより、DNA、タンパク質、脂質が損傷し、さまざまな疾患の病態形成に関与することが知られている。尿中バイオピリンは、ROS特異的なビリルビンの最終代謝物であり、特にビリルビン代謝経路は、低酸素応答遺伝子であるヘムオキシゲナーゼ-1(HO-1)によって作動する。HO-1が誘導されることで、体内のヘム鉄が酸化的に分解され、ビリルビンとなる。このビリルビンが抗酸化スカベンジャーとしてROSを消去することで、最終産物であるバイオピリンが尿中に排泄される。ヘムやビリルビンは脂溶性分子であるため細胞質や血中に存在するが、バイオピリンは水溶性であるため尿中から検出される。こうした酸化ストレス応答の指標として、バイオピリンは今日も世界中で研究報告されている⁽¹⁽²⁽³。

1.1 心血管疾患


急性心筋梗塞(AMI)や動脈硬化などの心血管疾患では、酸化ストレスの影響が大きい。AMI患者の研究では、尿中バイオピリン濃度が有意に上昇しており、酸化ストレスが心筋細胞へのダメージを促進することが示され、心血管疾患の進行や予後を評価するためのバイオマーカーとして有用性が提唱されている⁽⁴。動脈硬化患者や糖尿病関連の合併症でも酸化ストレスの増加が確認され、尿中バイオピリンが疾患の進行度を示す指標として役立つことが報告されている⁽⁵。

1.2 神経変性疾患
アルツハイマー病やパーキンソン病などの神経変性疾患においても、酸化ストレスが神経細胞の損傷に関与していることが広く知られている⁽⁶。尿中バイオピリンの濃度上昇は、これらの疾患の進行と関連し、神経変性の程度を評価する手段として期待されている。特にアルツハイマー病患者では、酸化ストレスが病態形成に関与するメカニズムが解明されつつあり、バイオピリンの測定が神経保護戦略に資するかが注目されている⁽⁷。

2. 心理ストレスと尿中バイオピリン
心理的ストレスは、酸化ストレスを増加させる要因の一つであり、交感神経系の亢進やストレスホルモンであるコルチゾールの分泌を通じて体内に影響を与える。これにより酸化ストレスが増加し、尿中バイオピリンの排泄量が上昇する。心理的ストレスの評価において、尿中バイオピリンは生化学的定量化を実現した唯一のマーカーとして注目されている。

2.1 職業的ストレス
職業的ストレスを受けるエッセンシャルワーカーにおいて、尿中バイオピリン濃度の上昇が観察されている。長時間労働による社会的ストレスは、酸化ストレスを増加させる要因であり、職場環境、もしくは特異的にメンタル負荷がかかる環境下における心理的ストレスの客観的評価に寄与することが多数、報告されている⁽⁸。


2.2 うつ病、統合失調症、精神疾患危険状態
うつ病や不安障害などの精神疾患でも尿中バイオピリン濃度が上昇することが報告されている。宮岡らは、統合失調症やうつ病患者での濃度上昇を示し、酸化ストレスが病態の一部を構成することを明らかにした⁽⁹⁽¹⁰⁽¹¹。さらに、大西と和氣らはARMS(At Risk Mental State)の症例研究で、尿中バイオピリンが精神疾患危険状態の進行を予測するバイオマーカーとして役立つことを示している⁽¹²。


2.3 妊産婦のストレス研究
妊産婦における心理的ストレスと酸化ストレスの関係について、松崎ら、千葉らは尿中バイオピリン濃度が妊産婦のストレス状態を反映することを報告しており、妊娠中や出産後の女性での変動が示唆され、ストレス管理や介入ケアの指標としての応用が期待されている⁽¹³⁽¹⁴。

3. 尿中バイオピリンのバイオマーカーとしての可能性と課題
尿中バイオピリンは、酸化ストレスの指標として多くの疾患や心理的ストレスの評価に有用であることを紹介した。mAb24G7抗体を用いた測定法により、高感度かつ特異的な検出が可能となり、臨床応用への期待が高まって以来、20年の時を経た。しかし、これほど、多くの症例で研究されてきたが、臨床活用をするためには未解決な課題もある。例えば、尿中バイオピリン濃度の基準値に関するエビデンスは意外にも多くはない。また、食事や生活習慣、薬物の影響のような個人差、日差等の代謝周期に関するデータも未知なままである。今後、尿中バイオピリンの測定法の標準化や基準値の確立、さらには大規模な臨床研究を通じて、その有用性と限界を明らかにすることが求められる。筆者らは、mAb24G7による測定技術を通じて、これらの課題に取り組むための産学連携研究、もしくはオープンイノベーション事業による臨床研究をこれまで以上に推進し、酸化ストレスマーカーのポテンシャルとその活用に鋭意取り組んでいく所存である。

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